入園日と入院日

入院中
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皮肉にも日程が重なった入園日と入院日。
そして、忘れることのできない一日となった。

準備

今日は、末っ子の娘(三女)の入園日であり、私の入院日でもある。
娘のことだけを考えてこの日を迎えられなかったことに罪悪感を感じていた。

娘の入園準備と私の入院準備を昨夜から徐々に行い、朝になってから最後の支度をすませて準備を終えた。
長女も学校が春休みのため、入園式に連れていくことにした。
ついこの間まで長女も同じ保育園に通っていたため、内気な性格だが保育園に行くことがとても楽しそうに見えた。

ちなみに次女は現在も同じ保育園に通っている。
三女が保育園で泣いていたら助けてあげてね。と次女に伝えると、元気いっぱいな声で「分かったよ。大丈夫だよ!」と返事をしてくれたことが感慨深い。

入園式

家族全員で保育園へ向かう。
みんながいつもの普段着とは違う格好で、なにか面白おかしく思えた。
庶民派な我が家が、ピアノの発表会にでも行くような格好といったら分かりやすいだろうか。

保育園に到着し、正門前の「入園おめでとう」の大きな看板の前で家族写真を撮る。
そして、席取りのため早速ホールに向かい長女と待機することに。
次々と保護者が来場し、あっという間に席は満席となった。

しばらくすると次女のクラスもホールに入ってきて、我々家族を見つけると一生懸命手を振っていた光景が微笑ましい。

先生の紹介や保育園からの挨拶などが終わると三女のクラスに移り、朝の支度の方法などを教わる。
これが3度目になるが、なかなか覚えていないものだ。

その後、昼食を同級生の子と一緒に食べ、入園式という行事が終了した。

この間、不思議なことに、今日これから入院するということを一切考えずにいられた。
入院することが確定してから、こういったひと時を迎えられたのはこの時だけだった。

帰宅

入園式の余韻を味わう暇もなく、帰宅して早々に慌ただしく入院の準備が始まる。
本来であればおいしい食事を食べに行きたいところだが、私がこれから行う行動は真逆の行為であり、家族全員に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

妻がいろいろと事前準備をしてくれていたおかげで、すべての支度があっという間にすんだ。

家には義母も来てくれ、子どもの面倒を見てくれることに。
私の母は田舎暮らしのため、東京に簡単に出てこれない。
そのため、私たち夫婦や子どもたちに何かあったときは、事あるごとに義母に助けてもらっている。

親のありがたみをつくづく実感する。
そして、私の子どもたちにもこういった手助けをしてあげたいと切に思う。

家を出る準備ができているのに、後ろ髪を引かれる思いになってしまい、なかなか「行ってくるね」と子どもたちに言えないでいた。
ようやく心の準備が整い、子どもたち全員を一人ずつギュッと抱きしめ、「行ってくるね」と声を掛けて家を出た。

長女だけが年齢的にもいろいろと理解しているため、心配そうに私を見つめている顔が今でも忘れられない。

入院

病院に行くため、久しぶりに妻と2人で電車に乗った。

一番迷惑をかけることになるのは妻に間違いない。
そんな罪悪感からか、何を話していいか分からなくなる。

ふざけた話をするのも不謹慎だし、真面目な話をするのもどうなのかと。

あれこれ考えているうちに、あっという間に病院に着く。
もう少し普通の会話を自然にしてあげられていたら、妻の不安を少しは和らげてあげることができたのかなと反省する。

入院手続きをすませ、院内の説明を受けながら部屋へ案内をされる。
私の割り当てられた部屋は4人部屋で、先に2人の方が入院されているようだ。

持ってきた荷物を棚やロッカーに並べ終えてから間もなく、先生が部屋にきた。
私と妻に話があるということで、診断室まで案内をされた。

腎生検

診断室に案内されると、もう一人の若い女性医師がいた。
入院期間中はこの女性医師の先生が私の面倒をみてくれるようだ。

そして、ネフローゼ症候群と腎生検という精密検査についての説明が始まる。
腎生検とは、背中から針状の医療器具を腎臓めがけて刺し、腎臓の組織を一部採取するという検査だ。
私は先日病院で直接聞いた話だが、過去に30,000人の方がこの腎生検を受け、うち2人が亡くっているという情報と、合併症のリスクも説明を受ける。

ネフローゼ症候群という病気が診断されているにもかかわらず、なぜさらにこのような精密検査をする必要があるのかと、疑問に思う人も多いと思う。
実際に、私も妻も疑問に感じた。
妻の質問攻めに先生がその不安を感じ取ったのか、分かりやすくかみ砕いてネフローゼ症候群について説明をしてくれた。

例えば、熱という症状が出たとする。
そして、熱が出る原因は様々だと。
極端な話、骨折などでも熱が出ることもあるという。
ようは、熱を抑えるために、その症状の根源がどこに存在するのかを追っていくことが、この腎生検の目的であると。
ひとえにネフローゼ症候群といっても、その要因は様々であり、原因を特定してから治療を開始すべきであるというのだ。

熱が出ているときにむやみやたらに風邪薬を飲んでも、原因が骨折であればまったく違った角度から治療を行う必要があるのと一緒だと。

さらに、腎生検を行っても原因が特定できない場合もあるという。
その場合は今まで行った検査の総合結果から、あたりをつけて治療を開始していくしかないと。

妻はとてもこの説明が分かりやすかったようで、部屋に戻った後に「知ってたなら先生みたいに説明してよね」と注意をされた。
「言わなかったっけ?」ととぼける私に、妻は「もぉー」っとため息をつく。

話は戻り、患者と家族の同意がないうえでこの検査は行えないため、一通り説明を受けてから同意書の取り交わしを行った。

そして最後に、先日の内視鏡検査や便潜血検査の結果では、がんの所見は見受けられなかったという説明を受けた。
ネフローゼ症候群であることに変わりはないが、こればかりはとても嬉しかった。

そして、妻もとても安堵していた。

飲み物を買いに売店へ

先生の説明を受けた後、院内にある売店に妻と2人で向かう。
売店といっても、中身は全国チェーンのコンビニだった。

売店について早々に、妻がこういう。

誘惑がいっぱいあるね。

そう?

好きそうな食べ物とか飲み物たくさんあるじゃん。

あー、たしかに。

言われてみれば、たしかに私の好きな食べ物や飲み物がたくさん売られている。
妻は、先生に内緒でこういったものを食べるなよと、暗に言っているようにも思えた。
というのも、ネフローゼ症候群の患者にとって、数値が安定化するまでは塩分コントロールなどの食事療法は必要不可欠だからだ。

いつもの私なら、核心を突かれて焦っていたかもしれないが、まったく動じなかった。
さすがにネフローゼ症候群と診断されてからは食事に気を付け、間食やジュースなども一切口にしていなかったため、少しずつだか体が慣れてきていたからだ。

今となっては健康体でいたいという気持ちの方が勝っており、目の前の好物にさほど目がくらまなかった。

そして、必要なものだけを買いそろえ、部屋へ戻る。

腎生検の練習

部屋に戻ると、タイミングを見計らったかのように2人の先生が部屋にきた。
明日行う腎生検の練習をするのだと説明される。

言われるがままにうつぶせになる。
先生の合図とともに、呼吸を止めたり、息を吐いたり吸ったりする練習だ。

腎臓は肺の近くにあるため、呼吸をしていると肺に動かされて位置が変動するという。
超音波をあてて位置確認をしながら針を刺すものの、動く腎臓に的確に針を刺すのはリスクがあるというのだ。
狙った位置や角度から必要最低限の組織を採取するため、針を刺すタイミングは息を止めて腎臓の位置を固定させる必要があると。

非常に分かりやすい。
ただ、そう言われると呼吸法一つとっても緊張してしまい、少し不安になる。

不安が伝わったのか、先生が「大丈夫ですよ。窒息死させるほど息を止めろなんて言わないですから」と笑って声をかけてくれた。

その言葉に、少し緊張の糸がほどけた気がした。

妻の帰宅

腎生検の練習が終わり部屋に戻る。
妻と少しだけ会話をした後、子どもたちも心配しているから帰りなと伝える。

妻は申し訳なさそうな顔をし、病室を去っていく。

申し訳ないのはこっちの方だ。

私がこの病気にさえならなければ、妻にこんな想いをさせることはなかった。
子どもたちを不安にさせることもなかった。

病気になってしまったことをいくら後悔しても、病気が治ることはないであろう。

だったら、

せめて、

病気になったことで妻や子どもたちの大切さを再認識できたこの気持ちを、絶対に忘れないように生きていこうと心に誓う。

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